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第4話 華麗な企みは基礎研究から

last update Last Updated: 2025-09-27 06:06:44

「――まず、わたくしの目的は『穏便な婚約破棄』ですわ」

 月明かり差し込む、夜の自室。

 絨毯には、イヅルが集めてきた悪女・毒婦に関する書物が、戦利品のように積み上げられていた。

 歴史書から、大衆向けのけばけばしいゴシップ小説まで、なかなかに壮観な眺めね。

「はあ、穏便ですか」

 ため息交じりに、イヅルが顎先をさする。あ、さてはわたくしを信じてないな?

「ところで、ビーチェお嬢様。これらの集めた書籍には、いったいどのような意味が?」

「参考書よ、参考書! 何事も基礎研究が大切なのよ、基礎が。わかる?」

「……お嬢様の尽きることなき探究心は、素晴らしい長所でございますね」

「ふふん、そうでしょ?」

 たまに、素直に褒めてくれるわね。我が専属執事は。生暖かい目に感じるのは、きっと気のせいよね。

 わたくしは、ぼんやりとした魔力灯を頼りに、羽ペンを走らせる。びっしりと書き込まれた|反撃計画《プラン》。

 それをイヅルに、意気揚々とプレゼンテーションしたの。

「王家に“ビーチェでは到底、王太子妃は務まらない”と心の底から絶望させ、あちらから婚約破棄を申し出させる。これが最も穏便で、理想的な結末ですわ」

「ふむ。面白いアプローチですが、両派閥を争わせたい王家が、そう易々とお嬢様を手放すでしょうか」

「だからこそ、継続不可能なほどのスキャンダルを捏造するのよ! 品行方正を重んじる王家が眉をひそめるような、ね。奔放で、制御不能な女だと誤解させればいい! 爛れ乱れる不良娘とかね、手段はいくらでもあるわ!」

 「制御不能なのは元々では? で、さらに爛れ乱れる、と。なるほど」という心ない声が返ってくるけど、無視よ、無視!

「標的にしたいのは、もちろんバージル殿下ご本人。けれど、あの方はすでにわたくしを『シャーデフロイ家の腹黒い女』という色眼鏡で見ていらっしゃるわ」

「はい。言ってしまえば、ビーチェお嬢様への印象どうこうよりも、我が家の評判の問題でしたね」

「そうなのよねえ。……お父様も別に悪い人じゃないのにね?」

 ふと漏れた本音に、イヅルは何も答えなかった。ただ、静かにそこにいるだけ。そして、そのまま話を逸らす。

「あえて、言葉にすれば。殿下からの、我が家への評価は……そうですね。『糞尿まき散らすハーピィの巣窟』あたりかと」

「あなた、本当に我が家に忠誠心あるの!?」

 思わず羽ペンを置いて、つっこんでしまった。

 でも、イヅルは「おっと失敬」と肩をすくめているだけ。絶対に反省なんてしてない!

「もうっ! つまり、下手に策を弄しても『ほら見ろ、やはり悪女だった』と警戒心を強めるだけ。これ以上ないほど冷え切った関係では、効果的な一打を打てないのよ」

「流石でございます、バージル殿下の複雑な男心をすでにお見通しとは」

 子供をあやす態度のイヅルにむっとしながら、わたくしは構わず続けたわ。

「そこで逆転の発想よ。もう、バージル殿下の感情を天元突破させ、我慢の限界を超えさせてしまったらどうかしら」

「……と、申しますと?」

「|笑わずの王子《アイスマン》の鉄面皮が維持できなくらい、死ぬほど嫌われちゃえば、衝動的に婚約破棄を叩きつけてくるかもしれないじゃない?」

「王族教育受けた殿下を追い詰めて、そこまでさせられるなら、いっそたいしたものですね?」

 なんで、そこで疑問形なのよ。そろそろ、本気でぶつわよ。

「まあ、確かに大抵の手段では通用しないわね。だから、視点を変えます! 殿下本人を直接狙うのではなく、彼が『守りたい、大切にしているもの』を脅かすことで、ポーカーフェイスの裏にある本心を引きずり出すの!」

 イヅルの黒曜石の瞳が、興味深そうにすっと細められた。

「殿下が大切にしているもの、ですか」

「そう! バージル殿下が何よりも大切にしているもの。それは彼自身の正義、王族としての権威。そして、もう一つ!」

 わたくしは頭に焼き付いて離れない、あの日の光景をなぞるように言った。あの、胸がちくりと痛んだ一枚絵を。

「おそらくは。きっと、あのルチア・ファン・ギャニミード男爵令嬢ですわ」

「ほほう。……例の少女ですね」

「あの方は、まるで陽だまりのような方。平民出身でありながら、その天真爛漫さで、殿下の心をいとも容易く解かしてしまった」

「その上、神職である家柄として、特殊な立ち位置でもいらっしゃいますね」

「ええ。きっと彼女は、貴族社会のしがらみから解放される唯一の癒やし、侵されてはならない聖域のはず。だからこそ、その聖域を穢す存在は、何よりも許しがたい。そうは思いませんこと?」

「―――素晴らしい」

 賞賛に、ぞくりとするほどの感嘆の色が混じる。

「ええ、実に素晴らしい脚本です、ビーチェお嬢様。では、具体的に、その男爵令嬢……聖域の乙女を、どのように“穢して”差し上げるおつもりで?」

「ふふん。よくぞ聞いてくれたわ!」

 わたくしは計画書の第一項を、ペン先でトントンと叩いた。

「作戦名『麗しの白百合に、消えぬ染みを』。決行は三日後よっ」

 悪役を望まれるなら、とことん演じて差し上げますわ!

 すると、イヅルは珍しく、ぽかんとした顔でわたくしを眺めた。

「え? ……穢す、とは、染みのことでございますか?」

「当たり前でしょ」

 逆に、他に何があると思ったのかしら。この腹黒執事は。

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